第1章:出現の真義
第1章『富士ミクラ座』【出現の真義】
最終更新日時 2010-05-14 (金) 12:11:21
はじめに
皆様、
この"『富士ミクラ座』ホームページサイト"に
訪問して頂き、
まずは〝お礼〟を申し上げます。
“ご縁を頂き、誠にありがとうございます。”
トップページに続いて、
この第1章においては、
"『富士ミクラ座』出現の真義"を
自分なりに順を追って
説明して行きます。
簡単に言えば、
“ 『富士ミクラ座』とは、一体何ですか?”
ということです。
初めて知った方が、
当然疑問に思うことに対して
お答えする内容です。
しかし、
その内容は、
今まで世のため人のために励んできた人や
真理を純粋に求道してきた方などが、
多くおられる宗教界、
精神世界・スピリチャル界の方々には、
"かなり衝撃的で、
得心がいきにくい、
ハードであり、
コアなもの"
となっています。
自分も
そういった世界を
通ってきた一人ですから、
むろんこれは、
承知の上にも承知です。
しかし、
また自分と同じように
“一通り経験を積み上げて、
自問自答しながら、
ひたすら『マコト』を
求めて来られた方には、
必ずや興味を持たれたり、
共鳴したり、
理解出来るところがあったりと、
何らかの反応をしてくださる”
と確信しています。
それは、
このサイトに
掲載している内容は、
〝全て自分で
体験して来て
実際に得た
紛れもない事実〟
だからです。
今振り返れば、
自分は、
あらゆる角度から
矛盾がなく、
本当に腹の底から
納得しないと
絶対に得心いかない
性分だったから、
この『富士ミクラ座』を
顕現実現することが
出来たと思います。
やはり、
人は、
自分には、
絶対に
嘘はつけないからが故です。
ですから、
自分は、
徹底的に真っ向から
“自分に”向かい合って
越さされました。
誠に
紆余曲折、
波乱万丈、
まさに
社会の底辺も
味わって来た
茨の道でありました。
精神的には、
何度
死んだかわかりません。
もちろん
自分が、
未熟であったことも
十分あります。
人から見れば、
随分遠回りした
生き方であったでしょう。
だからこそ、
〝今掴んでいるこの『真実』〟は、
誠に無上の喜びであり、
この世にある価値を超越した、
“全宇宙唯一無二の
金科玉条の黄金律”
なのです。
自分は、
皆さんと
まったく同じ
大衆の中の
普通の一人でありましたし、
今でもそうであります。
このサイトに掲載している、
第1章『富士ミクラ座』の出現の真義、
第2章『富士ミクラ座』の真義の具現、
第3章『富士ミクラ座』の具現の実働内容を
"全て読んで頂ければ、
必ずやご理解をして頂ける"
と確信します。
“このサイトに
ご縁のあった方は、
誠に『マコト』に
成り鳴られる方”であると、
これまた
確信しておりますので、
ぜひとも、
まずは
最後まで
読んで頂けます事を
切に願います。
皆様との
マコトに
目出度いご縁に厚く感謝し、
更なる交流へと
発展して行けます様願いつつ、
このサイトの内容の理解を
自然と深められ、
一日も早く、
"『直接の出会い』の実現"出来る事を
心よりお待ちしております。
何卒よろしくお願い申し上げます。
1.『9分9厘と一厘』
- まず〝【フジ】〟とは、
富士、二二、不二、腑地、普璽、不時、不死等の様々な言葉で表現出来ますが、
“全大宇宙そのものを根本意とする言葉”であります。
- つまり、"富士イコール無限絶対、全知全能である万物の創造主神"です。
- 只単に富士山の名前を指し示すだけの狭義な言葉ではありまん。
- また、今までの全ての神示等(あらゆる宗教の教義も含む)で表されている富士に関する
教えも全て〝9分9厘〟の次元(『マコト』でない)です。
- おそらくいきなりこのような事を言うと違和感や反感を持たれる方が、多数いることでしょう。
- 私も人並み以上に求道心が強く、
様々な宗教、スピリチャル界、神示等を学び、修業し、
試練の連続である茨の道ながらも
なんとか自分なり御魂磨きに励んでまいり、
それなりの達観や見真実も得られて来ていた
との実感がありました。
- それが、
『十全(神霊的表現で言えば「○(マル)」に「ゝ(チョン)」が入った
マルチョンのこと)』、
『マコト(真、誠、実)』の次元では、
今まで真剣に取り組み、
真実と認識出来得ていた自分の確信全てが、
〝9分9厘〟であることが、一目瞭然に観え、
実にシンプルにはっきりと理解できたのです。
- 言えば一文でいえるのですが、
この〝9分9厘〟と″1厘″(「ゝ(チョン)」のこと)″入った『十全』とは、
天地の差、雲泥の差といった一般の言葉でも表現出来得ない、
まったく違う相容れない別次元であり、
たった″1厘″ですが、〝無限絶対の差〟なのです。
- というか“〝9分9厘〟の次元は、実は本来存在しない”のです。
- なぜならこの【存在】の世界は、本来『マコト』の世界であり、当然ですが『マコト』しかない
のです。
- 『マコト』以外の存在の余地は、まったくありえないのです。
- この〝9分9厘〟の次元は、
この度の神仕組みにおいてのみ存在を許された
"役割制限次元"なのです。
- ですからマコトの次元では、
〝9分9厘〟の次元である嘘や虚偽が通用して来た、
今までの人類歴史の世界は、
当然存在することは出来ないのです。
- 〝9分9厘〟と″1厘″入った『十全』の『マコト』の次元、世界の共存は、本来絶対にあり得ないのです。
- これが、本当の本当の本当の“真実”です。
2.『逆さまの世』の本当の理解
- 大本教や日月神示等に、
この世は、『逆さまの世』とありますが、
この表現の凄い重み本当に理解できていますか?
- 〝逆さま〟 ですよ。
- 今の世、自分のことを含め、“本当に『逆さまの世』”と真に思えていますか?
- 皆様が、真実や正しいと確信している事は、まったく″真逆″だと本当に認識出来ているか
ということです。
- おそらく今読んでいる方には、
社会的にも信頼の厚い方や信仰心の厚い方や
宗教や精神世界に精通されてる方や
心の純粋な方や
愛の精神が豊かな方
など様々な善人の方々がいると思いますが、
“それでも自分が〝逆さま〟であると真に思えるか”
ということです。
- また、日々御魂磨き、浄化に励んでいる方や神々と交信し、神事をしている方も同様です。
- 一生懸命真理の実現を目指し励んでいる方々には、
「何をに偉そうに、何様だ、」との心情を抱かれることも
よくよく承知の上です。
- 自分が体験して掴んだありのままの「真実」を自分の表現をもって、そのまま一切過大表現もせず言葉にしています。
- 自分には、偉く見せる必要性もないし、あえて反感を抱かせる根拠もないし、有名になろう
という気等は、まったくの皆無であります。
- ただただ一人でも多くの方々が、
マコトの認識を得て、十全のマコトの次元に入って頂きたいとの不退転の一心からの
"今回の登場"であります。
- 自分もつい先ほどまでそうでしたが、それほどこの〝逆さま〟の意味、〝9分9厘〟の
意味の本当の本当の本当の理解をしている方は、"皆無"に等しいのです。
- “このサイトにご縁がある方”であれば、
“お会いして交流を重ねていけば、必ずやご理解して頂けると確信”致しております。
- このサイトの内容は、"今までの情報を一旦新(サラ)に、ゼロにリセット"して
読んでくださればと思います。
- 皆様のゼロになっての深い、深い、深いご理解を切に祈ります。
- それほどのこの度の大変化なのです。
- この大変化は、この〝『存在』の世界始まって以来の二度とない1度きりの大現象〟
なのです。
- なぜなら繰り返しますが、本来、この『存在』の世界は、十全、『マコト』そのものの世界
だからです。
- 嘘、偽りが存在を許される世界ではないのです。
- いや嘘、偽りが存在を許される世界は、本来元々ないのです。
- このことも本当に理解している方は、実はいません。
- だから、まだ今の現状の世の中のままなのです。
3.【神示】の実相
* ここで言う【神示】は、あらゆる宗教の教義やご神体、教祖、また古史古伝も含む。
以後【神示】と表示する。
- 【神示】は、
分かりやすく言えば、
自分の身にするための食であり、
食べて身になって初めて十全となり、
【神示】の役目を終えます。
- 【神示】は、“その人そのもの”となり、“その人の働き”となって生きます。
- それが、【神示】の本当の役割です。
- 言い方を変えれば、【神示】は出世したことにもなり、
その方としてまったく〝新しく甦り〟ます。
- これが、【神示】の宿命であり、真の本質です。
- 【神示】そのものだけでは、"どんな神示も9分9厘"なのです。
- 【神示】が必要である段階は、十全ではないことを露呈している事になるわけです。
- まだ9分9厘の次元で、マコト(真、誠、実)の次元ではなく、
厳しく言えば、偽り、嘘の次元、岩戸閉めの次元にいることになります。
- つまり十全、マコト(真、誠、実)の次元は、客体(自分の外)にはなく、
“自分の身になって初めて出現”するのです。
- またそれは、自分が、尊重する“【神示】と自分自身完全に一つ”になったと明確に認識
出来た時です。
- しかし、同時にその時は、 〝【神示】を捨てる時〟でもあるのです。
- その時こそが、その人が"十全の入り口"にまで来た一つの証になります。
- 自分が、信じている【神示】を尊重する姿勢は、自然ではありますが、
崇拝したり、特別視や絶対視する姿勢は、マコトの真釣りではなく
“永久に十全、マコト(真、誠、実)の次元には成り得ません”。
- ですから、【神示】は、どこまで言っても自分から観れば「9分9厘」であり、主ではなく、
飽くまでも"その人自身が、「1厘」であり、主"なのです。
- 人そのもの存在が、常に「中心」であり、「一厘」なのです。
- 【神示】は、〝人になって初めてマコトの全貌〟を現します。
- この認識を本当に理解出来るかが、
"十全、マコト(真、誠、実)の次元への最低絶対条件"なのです。
4.【神】の実体は、『ハタラキ』
- そして人類が、
こよなく憧れ続け、
その実体を究明、
認識したい共通の究極テーマが、
〝【神】〟とは何かです。
- この【神】の本当の意は、
"『ハタラキ(本来の真の働き、魂の色・役目*以後説明を省く)』"
の総称であります。
- どうしても人格的なイメージを持ってしまいがちですが、そうではないのです。
- 神は、その人の『ハタラキ』になって現れます。
- 古史古伝に登場している神々は、皆各々の『ハタラキ』を成し得ていた方々でした。
- そういう人を見ると一般の人々は、その人物を神として見るのです。
- そういった人物を何々の尊・命(ミコト)、神、と呼び、神人、真人として尊崇していたわけです。
5.【龍神】、【厳(イズ、火) と瑞(ミズ、水) 】の実意、そして【富士】の実体
- ここでもう一つ同様な意味合いを持っているのが、〝【龍神】〟です。
- ここでも龍神は、皆さんが一般にイメージしているような想像上の生き物を連想しますが、
本来の龍神は、“流神”であり、“『ハタラキ』がなされているさま”、
その方の“『ハタラキ』の勢いや流れのあるさま”
を龍神と呼ぶのです。
- 時にそのさまを一般にイメージしているような姿として神霊波動として観る方がいるのです。
- また、私達のこの『存在』を許された有の世界は、神霊的表現で言えば、
"瑞(ミズ、水)"の世界なのです。
- 分かりやすく言えば、“形ある世界”です。
- それに対して"厳(イズ、火)"は、“目に見えない無形の世界”です。
- この厳(イズ、火)は、ここでいう“『ハタラキ』に相応”します。
- そしてこの『ハタラキ』は、説明したように【神】の意でもありますので、厳の世界は、
“神界”とも言います。
- この“厳の世界を写す、形に顕す、顕現する”のが、"瑞の役割"なのです。
- 私達の世界は、瑞の世界ですので、当然“人も瑞”です。
- 龍神は、水を司ると昔から言われている本当の意味は、この瑞の役割、本性から来るもの
なのです。
- ですから“人は、龍神そのもの”なのです。
- また龍神は、自然を司るとも言われますが、当然“自然も瑞(ミズ、水)の世界”にあるので、その『ハタラキ』が、この自然全てに顕現されています。
- その『ハタラキ』の顕現は、山として、海として、川として、空として、地として、菌として、植物として、動物として、星として、銀河として、宇宙として、それぞれの姿としてこの自然の万物万象に顕現しています。
- ですから“自然全てが龍神”ともいえるわけです。
- ここで大変重要であり、
また取り違い易いのが、
この瑞は、厳を写し顕すのですから、
〝瑞は、厳を包含している厳そのもの〟
であるということです。
- つまり瑞は、
"瑞だけで存在することは絶対にありえず、常に厳と不二(フジ)一体の関係"
にあるのです。
- 厳は、瑞なくば形に顕せず不完全、瑞は、厳なくば写し出すものなく不完全。
- つまり、“厳が、瑞として形に顕れて初めて本当の十全、『マコト』になる”のです。
- 今まで【神示】で「霊体一致」という重要性が明示されていたのは、〝「厳瑞一体」〟の意であります。
- これが、"マコトの瑞の実体"です。
- 誠(言うことが成る)の字や実(み、じつ)を「まこと」と読むことや「心言行や口心行の一致」の教えなどは、この瑞の実体が表現されたものです。
- 従って、
この〝瑞こそ〟"、正真正銘、″『マコト』の世界″であり、″『十全』の世界″であり、
これが、神霊界の真理探求を目指す方々の尊崇してやまない憧れの
〝「伊都能売(イズノメ)」〟の本当の意味であり、
すなわち"【富士(不二)の本性】"であります。
6.【富士】、【富士山】の実体
- 従って、
この世界は、〝厳と瑞、不二一体〟で成り立っており、
これを〝【富士(不二)】〟というのです。
- すなわち、"富士(不二)のマコトの意"であり、"実体"であります。
- そしてこれが、
万物万象全てに貫いている
“宇宙の法”であり、
“絶対理”であり、
“フトマニの実体”です。
- この"宇宙絶対理(厳と瑞、不二一体)が、見事に形として顕現した姿が、
〝『富士山』〟なのです。
- 〝『富士山』〟の姿は、まさにこの″宇宙絶対理の実体そのもの″なのです。
- この「宇宙絶対理」が、
“この世界全てに働いている”ことや
“この世界全ての中心理である”ことの『ハタラキ』を
〝『富士山』〟の姿そのもので顕示しており、
そして、その「宇宙絶対理」を
"万物万象に常に機能するべく不断に発動"させているのが、
〝『富士山』〟なのです。
7.【日本】の実体は、【富士】
- 我が国日本は、「ニホン」とも呼びます。
- このニホンは、“二本”であり、"厳と瑞の二本立て"を表しているのです。
- 日本は、ヒのモトとの言い方をしますが、その言い方的に言えば、二本は、ニのモトと
いえます。
- このニは、厳と瑞ですので、我が国日本は、"厳と瑞の本(モト、元)"になるわけです。
- 日本に富士山があるのは、当然の理、必然の理であり、つまり“日本イコール富士”
なのです。
- つまり、この〝『存在』の世界=厳と瑞、不二一体の原理で成立=富士=日本〟
であります。
- ということは、
“富士が無くなる”ことは、
この“宇宙そのものの消滅”を意味し、
また“日本が潰されて無く”なれば、
日本=富士であるので
同じくこの“宇宙そのものは、消滅する”
ということです。
- つまりこの事が、
富士山が、
地球の臍や世界の大黒柱や宇宙のセントラルエネルギー場や宇宙神界の入り口等、
また日本は、
世界の雛形や日いずる神国だとか人類の発祥である日の元の国とか
天皇(スメラミコト)が、世界を統(皇)べる中心である等々
今まで様々天啓されて来た内容の実意なのです。
- 誠に富士とは、“十全になって初めて真の理解を得れる”のです。
8.【人】の実体も【富士】
- 当然、人の中にもこの宇宙絶対理が、貫き働いているから富士山は、いにしえより見た人の心を捉えて離さない力があるのです。
- つまり、本来“人は、富士であり、神であり、 『ハタラキ』であり、龍神であり、瑞であり、伊都能売(イズノメ)であり、十全であり、マコトそのもの”であるということです。
9.本当の【自分】は、正真正銘『マコトの神』
- 〝自分自身〟は、
二分二神(ジブンジシン*「分」の意味は、分け与えられた性質、地位の意。「天分・身分・分相応」)で、
まさに富士(二二)の神であります。
- ですからこの〝【自分】こそ〟昔も今も常に変わらず元々から"正真正銘マコトの神"
そのものであったのです。
- それを外に求めたり、拝んだり、祀ったりすること自体、誠に本末転倒、愚の骨頂なのです。
- あらゆる宗教のご神体、教義や神示、教祖等を自分をなおざりに神として拝んでいる限り、
マコトの次元、世には、永遠に辿り着きません。
- なんと恐ろしい、傲慢なバチあたりな、邪教だと思う方が、大勢いるでしょうが、
これも本当に真実であるから事実を事実としてそのままを伝えているのです。
- 当然のことですが、太陽が東から毎日昇る事実を捻じ曲げることは出来ないのと同じように、動かしようのない"絶対の事実"なのです。
- それぐらい人類は、長い間ずっと「マコトの神」が、何かまったく分からなかったのです。
- このことが、今のこの世が、“逆さまの世”という実態であり、
このことを気付かずにいることこそが、逆に
〝本当に恐ろしい、傲慢なバチあたりな、誠の邪教〟
と言えるのです。
- "全人類総洗脳状態"です。
- 本当に今の世の在り様は、どの分野をとっても逆さまの世の実態が、まさに正しく善として9分9厘誰にも疑がわれることなく、平然と常識として我がもの顔でまかり通っているのです。
- それは、逆立ちしているのに正常状態である2本足で歩いていると気付かずいたり、
晴れているのに雨が降っていると信じて疑わず傘をさしているような状態です。
- どうでしょうか?分かりますか?
- これほど本当に“オカシキ”ことはないのです。
- それほどの“逆さまの世”の誠に恐ろしい凄い実態なのです。
- 本来の自分の本当の姿を100%忘れ、“まったく別の生き物”になっているのです。
- まさに〝全人類総エイリアン〟という表現が、最高に的を得ているぐらいの
"衝撃の真実"なのです。
10.全人類大望の〝救世主〟の誠の真のマコトの出現
① マコトの【自分】の出産の〝産婆役〟が、『私』
- しかし、
いよいよ本当に、本当に、本当に本来のマコトの姿である【自分】に目覚め、
〝甦るトキ〟
が来ました。
- "マコトの【自分】の誕生"です。
- この“出産の産婆役が、『私』”であり、
私そのものである
“『富士ミクラ座』の大使命の大いなる根幹”
であります。
- 〝マコト主神そのものである産霊(ムスヒ、結び)の『ハタラキ』の発動〟
であります。
- "無限絶対の一厘をもって、
全ての9分9厘を十全に成り鳴らせ、
マコトの次元に戻し、
宇宙絶対理である″富士″の″ミクラ″を永久(トワ)に立たせ、"
万古末代の弥栄の″座″と定め置きます。"
② マコトの【自分】の誕生こそ、〝主神〟〝救世主〟の顕現
- これぞ神事中の神事と言われていた〝「玉置」の成就〟であります。
- それは、神界の秘密中の秘密と言われて来た主の太神の神御魂である一厘の御魂
"「ミクラタナノカミ」の顕現であり、実働"です。
- 〝マコトの【自分】の出産、誕生こそ〟、
まさに宇宙始まって以来の大慶事、大賀慶である
誠の真のマコトの〝王の帰還〟であります。
- また"全人類大望の救世主のマコトの出現"であり、
"マコト主神の誕生、顕現"であります。
- 今この世の命の誕生である出産も何よりも無上の喜びですが、
マコトの【自分】の出産、誕生は、"無限絶対の大歓喜"であります。
③ 『第九』の真意
- ベートーベンの代表作「歓喜に寄せて」(歓喜の歌)である“『第九』の真の実現”であります。
- しかし、そのさらなる真意は、マコトの次元は十全ですので、この『第九』に1厘入って
“無限大歓喜なる『第十』になる”のです。
- この『第十』は、
『大十・代十(ダイジュウ)』で、
“大”は、字を分解すると「一人」となり、
宗教界では、
主神のことを御一人様(ゴイチニンサマ)
と言われているその意であり、
また「一人」とは、「初めの人」、「始まりの人」という意であり、
これは、「自分自身」を意味し、
当然この「自分自身」は、マコトの「自分」を指し示します。
- そして“十”は、"厳(|)と瑞(ー)結ばれて不二一体である富士"を表します。
- ですので『大十』は、〝「主神富士」〟の意になり、
また『代十』は、〝「富士の代」〟の意になるわけです。
- 毎年、大晦日に我が国日本の様々な所にて、この『第九』を演奏披露が定着しているのは、誠に必然の現象であります。
- 各自の来るべき大いなるマコトの「自分」の誕生への"カウントダウンメッセージソング"
であります。
- また、『第九』の演奏を聴いて正月を迎えますが、これは九分九厘まで来て一厘入って
『第十』なる十全になり、本当の“誠の正月”を迎える真の意になります。
- これぞまさに〝正真正銘「明(開)けましておめでとうございます」に成る〟わけです。
④ 『君が代』の実意
- また、マコトの【自分】の出産、誕生は、我が国日本の国歌である"『君が代』そのもの"でもあります。
- まず『君が代』は、言葉に示されている通り、まさに〝『あなた自身の代』〟ですよ、
ということです。
- そしてさらに「君」は、
「キミ」でキとミであり、
キを気とするならミは身であり、
気は、目に見えない厳に相応し、身は形がある瑞に相応します。
- またキを木とするならミは実であり、木は、実を生み出すために根、葉、幹、枝、花のそれぞれの役割を総合して実を育てます。
- つまり実は、木の結晶であります。
- 単純に実だけの外見からは、木の姿はどこにも見えません。
- しかしその実は、また芽が出てやがて木になります。
- 実は、芽に見えない木を包含しているのです。
- ですから木は、目に見えない厳に相応し、実は形がある瑞に相応します。
- 従って"「君」とは、キとミであり、キとミとは、厳と瑞であり、キミで厳瑞、つまり富士"
なのです。
- 国歌である『君が代』は、『富士が代』となり、やはり〝『富士の代』〟の意になるわけです。
- 説明して来たように「日本」イコール「富士」なので、当然日本国歌も「富士」の意が、
歌題、歌詞に顕れています。
- 富士は、絶対理でありますから、真理は、永久に絶えることなく栄え続ける意であります。
- ですので歌詞の中の、
「千代に八千代に」は、永久にの意で、
「さざれ石の巌となりて」は、さざれ石は様々な石が一つになって離れない状態で、
これは、厳瑞不二一体の原理なりて、すなわち富士となりての意で、
「苔のむすまで」は、絶えることなく栄え続けるの意であります。
- まとめますと、
〝国歌である「君が代」の実意は、「あなた自身の代」であり、その代こそ永久に
絶えることなく栄え続けるマコトの代、富士の代ということ〟
であります。
⑤ 不死身の実体
- つまり「富士であるあなた自身の代」は、すなわち〝富士身〟であり、また〝不死身〟でもあります。
- 不死身は、数魂では、「二二三(フジミ)」となります。
- これは、2月23日を「223」で「フジサン」と読んで静岡県を中心に指定されている
富士山の日と同じです。
- そうです。
- 「富士山」こそ、
人類がこよなく希求し、夢であった
“不死身の正体”であり、
その実体こそ
“富士身であるまさに自分自身のこと”
であったのです。
- マコトの「自分」は、本来元々“死ぬことのない不死身そのもの”であったのです。(今
までも実際亡くなっても魂は、幾度となく輪廻転生していたのでその性質だけは残っている)
- マコトの次元は、
厳瑞不二一体の絶対原理が発動するので、
目に見えない魂が、厳、キであり、
形ある肉体(身)は、瑞、ミでありますから、
こ度は、
〝魂そのものが、完全に肉体(身)になる〟
のです。
- もうそこには、魂と肉体(身)の区別は、微塵もなく、〝肉体(身)こそ魂そのものになる〟のです。
- これが、宗教界や様々な神示で使われて来た言葉である“「身魂(ミタマ)」の実体”で
あります。
- またイメージが湧くように言えば、「キミ」の2文字が、一つになって一字の「君」になるという
ことです。
- 「君」の実意の実働であります。
- ここのところ誠にイメージ出来ますか?
- 〝本当に今度は、本来元々のマコトの姿である永久に絶えることなく栄え続ける
正真正銘の不死身になる〟のです。
- もう今のような"死は、本当に無くなる"のです。
- "死がある次元は、今のこの世で最後"になります。
- 当然"輪廻も無くなる"のです。
- "誠に生き通し"になります。
- 富士山には、古(イニシエ)より徐福にはじめ不老不死伝説が多くありますが、
これが、不老不死伝説の真の実相であり、
また富士山が、“蓬莱山”と言われていた本義であります。
⑥ 富士山大火山大爆発による次元転換の真実
- 不死身は、悠久の古代から中近東では不死鳥、フェニックスで表わされ、中国では、至徳の瑞鳥としての鳳凰にあたります。
- 不死鳥であるフェニックスは、全身火で燃えており、死を迎えた時、自分の灰になった死骸
からまた煌々と甦るのであります。
- 富士山は、火の山であり、溶岩である火を包含しています。
- 火は、厳であり、瑞は厳、火を顕現させます。
- マコトの瑞である富士山は、マコトの厳、火をそのまま写し出すのです。
- 日月神示には、
〝最後の最後に富士が動く〟とありますが、
これは、
“マコトの瑞である富士山が、厳である火をマコトに移(写)し出す”
ということであります。
- つまり、
"富士山は、
来るべき時大火山大爆発を起こし、
一度消滅して自らを新しく再生"
します。
- すなわち“不死鳥であるフェニックスの火における再生の原理と同じ理”であります。
- 富士山は、宇宙絶対理(厳と瑞、不二一体)が、 見事に形として顕現した存在ですので、
"富士山が無くなる"ことは、この"宇宙そのものの消滅"を意味します。
- この度は、この地球だけの大変化ではないのです。
- 今あるこの〝宇宙全てが、一度消滅して自らを新しく再生する〟のです。
- それは、“今あるこの9分9厘宇宙次元ごと消滅”して、今あるこの9分9厘宇宙とは、
まったく違う相容れない別次元である“十全宇宙として自ら新しく再生”するのです。
- 今までは時期ではなかったので、
明らかにされていませんでしたが、
''"今ここにハッキリと世に出します"''。
- 誠に〝想像を絶する次元転換〟なのです。
- しかも、こんなドエライ大現象が、今の時間感覚にして"ほぼ一瞬"にしてなされます。
- 最先端の現代宇宙物理学による宇宙創造理論などまったく通用しない、超越した次元転換なのです。
⑦ 万物創造根源主〝大主太神〟の『マコト』の一点(天)
- なぜなら何度でも伝えていますが、 9分9厘次元と十全次元とは、〝無限絶対の差〟が
あり、また9分9厘次元は、本来元々″まったく存在しない″からです。
- それは、
〝万物の創造根源主なる大主太神(オオスタイシン)〟が、
"十全次元『マコト』そのもの"だからです。
- この“無限の無限大の偉大なる『マコト』一点(天)”より“全ての次元の『存在』は、
写し出されている”のです。
- この『マコト』一点(天)こそ、〝厳のマコトの大本の大元の根源〟であります。
- つまり、この『マコト』 一点(天)だけが、"正真正銘本当の厳"であります。
- そして、この"一点(天)以外の『存在』全ては、瑞"になります。
- ですから、
〝十全次元の創造根源主なる大主太神(オオスタイシン)のこの一点(天)が、
『マコト』ですので、
この一点(天)以外の瑞である『存在』全ては、
『マコト』しか絶対に写し出されない〟のです。
- 宇宙が無限大のピラミッドのような山形だとして一番頂上に水の湧く源泉があるとのイメージです。
- その源泉から四方八方に流れてくる水は、何光年離れた四方八方それぞれの無数の下流
でも皆同じ水であるという至って単純な道理です。
- またカエルの子は、やっぱりカエルであり、トンビは、タカを産まない道理でもあります。
- ですから『マコト』以外の『存在』は、どこにも絶対にあり得ないのです。
⑧ 9分9厘の真相
- ではなぜ十全次元ではなく、『マコト』ではない、今のこの世である9分9厘次元が、存在
するのでしょう。
- 冒頭の所で伝えましたが、9分9厘の次元は、この度の深遠なる富士神仕組みにおいて
存在を許された"役割制限次元"なのです。
- その“根本意となる鍵”は、十全なる『マコト』次元は、“マコトの【自分】の誕生”であると
いう事です。
- マコトの【自分】の誕生には、〝大いなる経験と時が絶対に必要〟であったのです。
- これは、絶対理に基づく誠に“自然な過程”であり、“順序”なのです。
- 大自然を観れば大いに理解出来ます。
- 種から芽が出て木になり、花を咲かせ、実をつけるように、いきなり、木になり、
実には成りません。
- 野菜も種をまいて、一挙に大根や白菜に成りません。
- 人も初めから大人になって生まれてきませんし、また生まれてすぐ大人にはなりません。
- 宇宙の創造も無数の星も地球の様々な生命の誕生も遥かなる悠久の時を経て、
生まれて今日に至りました。
- これが、瑞として写し出して行く誠の姿なのです。
- 大いなる一点(天)を無限なる万物万象全てに『マコト』 を写し出し切るには、
"大いなる創造順序がある"のです。
- また、〝目に見える瑞の次元に成り鳴るまでの厳の次元内でも、無限なる次元創造
順序がある〟のです。
- スピリチャル、精神世界においてアセンション、次元上昇等で言われている2012年には、
5次元になるとか、この宇宙は、13次元あるとか等々伝えられているのは、この一部分を
表したものです。
- また、日月神示にある『ゝ(チョン*主神の一点)』の中にも『ゝ』があり、そのまた『ゝ』の中
にも『ゝ』 があり、 ゝ 、ゝ、 ゝ 、ゝと無限にあるとの事も、この無限なる次元創造順序の意で
あります。
- 〝厳の次元内においての無限なる『ハタラキ』の無限なる重なりの上に初めて、
瑞の次元に写し出されてくる〟のです。
- そして、
"瑞の次元に入っても
大いなる一点(天)から
無限なる重なりの厳の次元を
無限なる瑞の万物万象全てに
『マコト』を写し出し切るには、
さらに大いなる創造順序があるのです。"
- マコトの【自分】の誕生は、人は皆マコトの主神になるということですから、“悠久なる時”がかかるも当然であり、その創造順序として“あらゆる経験”も必要であったのです。
- 光と闇、善と悪、安心と恐怖、愛と憎しみ、男と女、戦争と平和、健康と病気、豊かさと貧困、等の相反するあらゆる"2元体験"です。
- “人は、魂は行き通し”です。
- 魂は、“幾度となく繰り返し転生”し、“様々な経験を積んできた”訳です。
- これが、 “9分9厘の次元の存在意義”であります。
- 100に成るには、99があって初めて1を加えて100に成ります。
- 10に成るには、9があって初めて1を加えて10に成ります。
- これが、順序です。
- 〝9分9厘まで来て初めて一厘加えて十全になる〟のです。
- 9分9厘の次元まで来ないと十全次元にはいつまで経ってもならないのです。
- 9分9厘の役割制限次元というのは、この意であります。
- しかし、
9分9厘の次元である今のこの世の
様々な悩み、苦しみ、悲しみや
どうしようもないくらいの不幸な悲惨な、惨い現象が、
至る所に存在し、
この世は、地獄であるような世界の現状も
〝一厘入る〟と
〝あらゆるその現状が、雲散霧消し、
大歓喜なる『マコト』の十全次元の世が、
出現、顕現、実現する〟のです。
(* なおこの今の世全ての苦なる現象も各身魂の因縁浄化である誠に尊き御恵みであり、マコトの【自分】の出産への絶対経験なのです)
- これが、〝十全次元である『マコト』の無限絶対力〟なのです。
- 悪が善になり、闇が光になる等のレベルの次元転換ではないのです。
- 2元などまったく超越しているのです。
- 誠、真、実、信、マコトしかないのです。
- "無限なる歓喜しかない"のです。
- マコトの代は、〝人は、皆主神になる〟のですから当然なのです。
- それほどの〝マコトの【自分】の誕生〟なのです。
- 万物の創造根源主なる大主太神(オオスタイシン)は、どれほどこの時を待ち望んだ
でしょう。
- この〝無限の無限大の偉大なる『マコト』一点(天)である正真正銘真の厳が、
創造以来初めて正真正銘瑞として真に顕現する時が、本当に来た〟ので
あります。
- 全人類もろ手を挙げて万歳三唱、大歓呼の大渦鳴りやまずの"世紀の最大祭典"であります。
- まさにハレルヤ♪ ハレルヤ♪なるヘンデルの「MESSIAH(メサイヤ)」の実現であり、
これぞ誠の晴れるや♪ 晴れるや♪ であります。
⑨ あらゆる神示・天啓・予言の真意実成
- このマコトの【自分】の誕生こそ日月神示で最大の謎であった
〝「てんし様」のマコトの出現〟であります。
- また、日月神示の最重要である"富士の奥山"とは、
本来の "【自分】の御座(ミクラ、身座)"のことであり、
“奥山に神マツレ”という事は、“マコトの【自分】の誕生”であります。
- お釈迦様が言われた“「天上天下唯我独尊」の本意達成”であり、
お釈迦様の名である“久遠実成本師釈迦牟尼仏のマコトの顕現”であります。
- また、ユダヤ教の"メシヤ降誕"、
キリスト教の"キリストの再臨"、
仏教の"弥勒菩薩の出現"等の
古(イニシエ)からの"全ての予言、天啓の具現"こそ、
この"マコトの【自分】の誕生をもって全て完結"するのです。
- 〝富士と鳴門の仕組み〟は、富士は説明した通りであり、鳴門は、〝成人(ナルト)〟で
あり、“人と成る”の意であり、“この人とは、マコトの【自分】が、誕生した人”のことで
あります。
- また、〝成十(ナルト)〟でもあり、『第九』のところで説明したように“十”は、
"厳(|)と瑞(ー)結ばれて不二一体である富士"ですので、″富士に成る″の意になり、
やはり、“マコトの【自分】の誕生の意”であります。
- また成人式を迎えたら、法律を含め社会的に「大人」扱いになりますが、この「大人」は、
先ほど説明したように大は、字を分解すると一人となり主神の意でありますので、「主神人」となり、やはりマコトの【自分】の誕生の事です。
- まさに真理は、一つであり、普遍であり、応変自在であり、全てを解き明かせます。
- 〝甲斐の仕組み〟は、裏が表になる仕組みでありますが、甲斐は、富士の裏側で、富士山の北、子(ネ)の方位であり、子は、根であり、裏も根も見えない部分であります。
- つまり“今までの現在の自分は、表(9分9厘、マコトでない)であり、裏の自分が、マコトの【自分】であり、裏に今まで隠れていた本当のマコトの【自分】が、表になる”ことの意です。
- 甲斐(カイ)は、キの仕組みでもあるという事の意味は、言霊返しでキになり、キは木であり、木は地上部出ている訳で、隠れていたものがこの地上に成長して形になって現れるという事で、やはり同じ意になります。
- 〝美濃 、尾張の仕組み〟は、今まで言われて来ているように「身の終わりの仕組み」に相応し、これも甲斐の仕組みと同じく“今までの現在の自分という身が終わり、本当の
マコトの【自分】に成る”との意です。
- それは、さなぎから蝶になる変態、メタモルフォーゼのように"一度終わらないと新しく誕生出来ない"意であり、この型に現れているように裏が表になる本当のマコトの【自分】が、誕生するという事は、"現象的には大変化が自分に起きる"ということです。
- また「身の終わりの仕組み」は、“出産時の陣痛の並々ならない苦しみや出産後の
胎盤部分は処理される等に型”として現れています。
- マコトの【自分】の出産という創造には、″浄化、破壊なくしてありえない″ことの真理の厳しい一面をハッキリ示しています。
- この事も目を背ける事もできないマコトの【自分】の出産への“必然なる道”であります。
- 本当に〝想像を絶する浄化〟なくしては、マコトの【自分】の誕生は断じてありえません。
- これは、脅かしでも恐怖による扇動でもなく、当然の理であり、絶対事実なのです。
- また良く見せようと甘い事や綺麗事も一切ありません。
- マコトに真実、事実のみをそのままお伝えしてあります。
- でなければ″私は一瞬にこの『存在』の世界から消滅″します。
- 今までこの根拠は、順を追って説明しましたので十分理解して頂けると思います。
- 今までの神示等の予言、天啓の中身の事は、誰かお役目の方々だけに起こる事ではなく、時間差はありますが、“必ずや全て自分に起こる”、または“当てはまるもの”なのです。
- 〝真理には、特別は絶対にない〟のです。
- 『存在』している全ては、『ハタラキ』が瑞として顕現し存在しているのですから、
当然お役目は、皆にあるわけです。
- 特別が在るように見えるのは、マコトの【自分】に成っていないので、
真意が見えないだけです。
- また、お役目違いで一見そう見えるだけのこともありますが、他の人のお役目も、
自分がマコトの【自分】に成っていればその真意を自然と理解して行けます。
- 十全であるマコトの【自分】になれば真意は、必要に応じて必ず全て見えて来ます。
- 〝火水伝文〟にある、
火(|)と水(ー)が、真十字(十)に組み結びて、
火と水で火水(カミ)から神と申すとのことや、
火と水の真十字に組み結んだ中心を
【真中】(マナカ)といい
万象万物を産み有無ところ、
無限力徳の産土の御座(ミクラ)というのも、
十(ジュウ)の意のとこで説明したように
〝厳(|)と瑞(ー)結ばれた厳瑞不二一体である富士のこと〟であり、
つまり
〝十全であるマコトの【自分】の誕生のこと〟
であります。
- また火水伝文にある、
経(縦)の座の
一二三(ヒト・自分の座のヒフミ) 、
四五六(クニツチ・家の座のヒフミ) 、
七八九(アメツチ・世の座のヒフミ)、
緯(横)の座の
火土水、
日月地、
神幽顕、
霊力体、
口心行なる
霊主心従体属・火主土従水属である、
真中を含みたタテ、ヨコ、ナナメ、
足していずれも十五に成る、
十(カミ)の真中は、
いつにありても五であり、
地のへの三座に
三六九(ミロク)を顕ずる構えなる
正方に納まりた、
カムスサナルノオオカミ様の御座なる
スサナル仕組みの九御座(クミクラ)も、
〝厳(|)と瑞(ー)結ばれた厳瑞不二一体である富士を数魂より解き顕した意〟
であり、
やはり、それは、
〝十全であるマコトの【自分】の誕生のこと〟
であります。
- 総括しますと
〝マコトの【自分】
=厳瑞不二一体である富士
=富士山
=日本
=全宇宙
=万物創造根源主なる大主太神
=誠の真のマコトの王
=てんし様
=オオカムスサナルノオオカミ(国常立尊と豊雲野尊の不二一体、伊弉諾尊と伊弉冉尊の不二一体)
=ニギハヤヒ天津日嗣皇尊
=オオカムズミ主神
=富士ミクラ座
の実顕実成〟であります。
- "全人類大望の正真正銘の救世主は、
まさにマコトの【自分】の誕生のこと"であったのです。
- そうです。
- 今このサイトを見ている
〝あなた様〟
のことであります。
- ″本来のマコトの【あなた】こそ、
正真正銘〝主神〟であり、
真の〝救世主〟なのです。″
- “あなたのお名前が、鈴木太郎でしたら、本来のマコトの【あなた】は、紛れもなく〝鈴木太郎主神〟であり、〝鈴木太郎救世主〟なのであります。”
- これが、
本章でお伝えしたい、
ズバリ
″答え″
であります。
- まさに
『富士は晴れたり 日本晴れ』
『富士は晴れたり 自分晴れ』
『富士は晴れたり 地球晴れ』
『富士は晴れたり お月様晴れ』
『富士は晴れたり お日様晴れ』
『富士は晴れたり 宇宙晴れ』
『富士は晴れたり 主神晴れ』
『富士は晴れたり 天地一切晴れ』
であります。
- 以上、第1章『富士ミクラ座』出現の真義であります。
- 〝何とかこの章の最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。〟
- ″理解するのにかなり骨が折れた″のではないかと思います。
- 次の第2章では、
この第1章で説明して来た『富士ミクラ座』の出現の真義である
〝マコトの【自分】の誕生〟を実際どのようにして具現、すなわち実現するかという事
を説明して行きます。
- 皆様のより一層の深いご理解をして頂きたく切に願います。
- それでは引き続き、
第2章『富士ミクラ座』の【真義の具現】
をどうぞご覧下さい。













































